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2013.6.10投稿記事④

宣教師の役割

宣教師といえば、思い浮かぶのはキリスト教ですね。
本当にキリスト教の宣教師は、世界中をくまなく訪れ、布教していますからね。
同じ一神教でもイスラム教はそんなことはしませんね。
それは、イスラム教という宗教がなぜ起こったかを知ると、理解できます。

キリスト教の宣教師が外国に派遣されるのには、二つの理由があります。
ただし、宣教師本人は、恐らく純粋にキリスト教を布教させたいと考えていたと思いますよ。
いつの時代も組織において、末端は組織の本当の目的など知らないものです。

その目的というのは、一つ目は派遣先の国の言語の習得です。
言葉が通じなければ、コミュニケーションが取れません。
そのため、外国に最初に派遣された宣教師が真っ先に行うことは、その国の言語の習得と、聖書の翻訳作業となっています。
これは日本に来た宣教師だけでなく、外国に派遣された宣教師の共通の重要事項です。

そして二つ目は、不満分子、反乱分子の特定と取り込みです。
そもそも、派遣された先の国が安定して、国民全てが満足していれば、外国の文化や宗教などを取り入れようとする人はいないはずです。
宣教師は自分の所属する共同体の信仰や価値観、文化などを放棄し、キリスト教に改宗させることで自らの仲間に引き込もうとしました。

宣教師が派遣される本当の目的は、他国への侵略であると前に書きましたが、実際にいきなり攻め入っても、大きな犠牲を払うことになるだろうし、戦費だって馬鹿になりません。
そもそも、列強諸国はそれぞれの国がしのぎを削っていましたから、国力を落とせば、他の列強に付け入られます。
ですから、なるべく労せずして外国を支配したいと考えます。
外国を労せずして支配するには、内乱を起こせば良いのです。
仲間同士で殺し合い、自滅するように仕向ければ、労せずして他国を手に入れることが出来ます。
ですから、宣教師が外国語を習得し、交渉できるようになったら、軍隊を派遣するのではなく、武器商人を派遣します。
そして、反乱分子に武器を提供して内乱を起こさせるのです。

その点で言えば、日本は他のアジア諸国に比べ、攻略は非常に困難であったろうと思われます。
この戦略が最初に実行されたのは戦国時代であり、上手くいったかに見えましたが傀儡政権である豊臣家は長続きせず、次の徳川家は巧妙に全国をまとめ、キリスト教を排除してしまったために、この野望は挫折してしまいます。
そして二度目の内乱である明治維新において、徳川幕府を滅亡させ、現在に至るというわけです。

日清、日露、太平洋戦争と大きな戦乱を乗り越えて今日の日本がありますが、宣教師から始まった列強の日本支配は現在も進行中の出来事です。
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2013.5.17投稿記事③


19世紀の医薬品

19世紀の西洋医学といえば、外科処置として瀉血が思い浮かびます。
一方医薬品として用いられていたものは、麻薬(アヘンなど)や、解熱剤としてのキニーネくらいしかありませんでした。
他には、アルコールやエーテルなども用いられていました。
医薬品を使うのは、痛みや発熱に対する対症療法くらいでしかありませんでした。

一方、痛み止めを使う最も多い理由が、歯痛でした。
当時はむし歯に対する有効な治療法が無かったため、神経まで達するむし歯に対しては、抜歯が一般的な治療法でした。
抜歯をせずに放置すると、菌が全身を回り、死ぬことだってありました。
19世紀までは、むし歯は命にかかわる病気だったのです。

その割にはむし歯はありふれた病気だったので、当然のことながら歯痛のクスリは売れに売れ、それに伴って麻薬中毒者も街にあふれました。
製薬会社は競って痛み止めを開発し、ドイツのバイエル社は1899年、アスピリンを発売し、世界的ヒット商品となりました。
あっ、そうそう、バイエル社はその前年の1898年にヘロインも売り出しています。
こっちも隠れたヒット商品になっていますね。

現代歯科医療が進化するにしたがって、予防の大切さは失われてきました。
今はむし歯で死ぬ人なんていなくなりましたが、その代わり日本人の95%に虫歯がある状態になってしまいました。
これを良い事だと考えるか、悪い事だと考えるかはあなた次第ですが。

2013.5.12投稿記事

文字の始まり

人はコミュニケーションの生き物です。
人は人と人とのつながりの中でしか、生きていけません。
そしてコミュニケーションは、人と人とが相対して、言葉や表情、ボディ・ランゲージによって行われます。

どんな表現方法を採ったとしても、相手に自分の気持ちを100%伝えることはできません。
例えば、今自分が感じている痛みを、全くそのままに相手に伝えることは不可能です。
相対して話を聞けば、そこそこには慮ることはできますが、完全に感覚を共有することなどは出来ません。
これが、文字を介して伝えるとなると、なおさら伝わりません。
文字によるコミュニケーションは、甚だ不完全なコミュニケーション方法なのです。

それでも、記録し残すことができるという大きなメリットがある為に、人類は文字を大いに利用してきました。
文字の発明が文明の発達に寄与したことは、まぎれもない事実です。

一方、現在でも文字を持たない民族集団は存在します。
文字を持たない民族=未開の野蛮人という構図は、文明を持つ民族からみた偏見でしかありません。
いや、むしろ文字を持ったばっかりに、今日世界規模で行われている環境破壊や、数多くの紛争や虐殺などの悲劇を起こしているといっても過言ではありません。
文字とは、人類にとっていったい何なのでしょう。

文字の始まりは、約6000年前のメソポタミア文明であるといわれています。
世界4大文明の一つ、メソポタミアで文字が作られたきっかけは、農耕と関係があります。

人類の文明化の始まりは農耕の始まりであり、農耕は大河のほとりから始まりました。
なぜ農耕が大河のほとりから始まったのかというと、大河は定期的に氾濫するからです。
農耕というのは、同一の土地に、同一の作物を栽培し続けることを指します。
同一の土地に同一の作物を栽培し続けると、土地に含まれている栄養素がどんどん奪われていきます。
特定の作物は特定の栄養素を多く消費するので、同一の植物ばかりを栽培することは自然の摂理に反します。
特に、農耕の始まりは小麦や稲など、イネ科の植物でした。
イネ科の植物は、特に土壌中の窒素分を多く消費します。
固定窒素は植物にとって、非常に貴重な栄養素ですから、窒素分が消費されてしまうと農耕を続けることができなくなります。

4大文明が起こった場所は、全て大河のほとりであり、この大河は全て定期的に氾濫するという性質を持っていました。
川が氾濫することによって、川の上流から窒素分を含む栄養豊富な土壌もまたもたらされます。
この自然の働きによって、地力が回復したために農耕を継続することができたのでした。

農耕が始まると、定住化が起こります。
農地は私有化され、収穫物は個人の財産となりました。
この土地や収穫物など、個人の財産を記録し、管理するために文字は生まれました。
逆にいうと、狩猟・採集・漁労などで生活している民族には、私有財産という概念が無いために、文字を必要としなかったのです。

文字はなくとも文化はちゃんとあります。
アボリジニーは4万年にもわたる民族の歴史と宗教観を、ドリーミングという口承伝達によって受け継いできました。
日本においても、日本列島の本来の住人であって縄文人の血を受け継ぐ、アイヌ民族の人たちも、ユーカラという神話の口承伝達を脈々と受け継いできました。

そういう歴史を知るのなら、文字の始まりは身分と貧富の差の始まりであり、民族間の紛争の始まりであり、人間が自然を冒涜する始まりであったともいえます。

アボリジニーの人たちは、白人の文化は文字の文化であり、であるがゆえに不道徳であるといいます。
文字で書かれた経典を掲げた宗教は、文字で書かれているがゆえに、不道徳であるのです。
こう考えているのは、アボリジニーだけではありません。
アフリカの各種族やイヌイット、アイヌ民族など、文字を持たない文化の人たちはみな、共通の考えを持っています。

何て事を、文字で書き表しているのは何たる矛盾と思いますが、本当に基本的なことですから、こういった知識は皆さんもきちんと理解するべきでしょう。






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2013.5.10投稿記事①

アボリジニーの過去

オーストラリアでは、キャプテン・クックのオーストラリア大陸発見から、白人による土地の略奪と植民地化が進みました。
白人たちはアボリジニーから土地を奪い、抵抗するアボリジニーは容赦なく射殺していきました。

例によって白人たちは、アボリジニーが激減したのは、白人が持ち込んだ疫病によるものだという、ネイティブ・アメリカンが激減したのと同じ理由を挙げました。
一説には天然痘であったとか。
これは本当であったかもしれませんが、激減の主原因ではありません。

アボリジニーは、時には闘争によって殺され、また抵抗するアボリジニーを拘束したり、監禁したりしました。
当時の白人たちは、アボリジニーのことを「奴らは生に対する執着心が無いんだ、絶望するとすぐに死んでしまう」と言っていたそうです。

生に対する執着が無いから、絶望しただけで人は簡単に死ぬのでしょうか?
そんなわけ、ありませんよね。
マニフェスト・デスティニーといい、どこまでも自分たちに都合よく解釈する白人たちの考え方には、戦慄するばかりです。

果ては、野兎や鹿を狩るような感覚で、アボリジニー狩りを行ったりもしました。
いくらオーストラリアがイギリスの流刑の国であったとはいえ、いくらなんでもひどすぎますね。

1869年からおよそ100年もの間、アボリジニーの子供たちは、未開の野蛮人に育てられるから、彼もまた野蛮人になってしまうとの理由で、強制的に親元から連れ去られ、修道院や保護施設に預けられました。
これを、「盗まれた世代」と呼びます。
ここで英語とキリスト教を植え付け、アボリジニーの文化の破壊が大々的に進められたのです。

カリブ海諸島や南北アメリカなどの植民地化の時と同様、白人たちはキリスト教を信仰しない人間は、人間と考えてはいないようですね。
キリスト教という宗教がそういう教えだから、仕方ないのかもしれませんが。

現在もアボリジニーやネイティブ・アメリカンの人たちの間では、アルコール依存が深刻な社会問題となっています。
また、アボリジニーの人たちの間で、キリスト教を信仰する人が増えているというのは、何という皮肉なのでしょうか。

白人とキリスト教は、今の世界を知るうえで最も重要な知識です。
なぜなら、今日の世界は、白人とキリスト教が作った世界であるといえるからです。
アボリジニーの人たちの受けた苦難は、知れば知るほどに心が痛みます。
しかし、彼らの苦難は、我々日本人にとっても決して他人事ではありません。









2013.4.25投稿記事②

マニフェスト・デスティニー

マニフェスト・デスティニーとは、民主党の政権公約とは関係ありませんよ。
これはアメリカで、西部開拓とネイティブ・アメリカン虐殺の正当化のためのスローガンとして、当時イギリス人開拓団の間で言われていた言葉です。

食と健康の関係を学んでいて、太古の食生活や原住民族の伝統食を調べていると、興味深い話に行きつきます。
南北アメリカの植民地化やオーストラリアの入植によって、原住民族が減少しましたが、この原因は最初はヨーロッパ人が持ち込んだ疫病によるとされています。
カリブ海諸島、南米、中米、北米先住民族、オーストラリア、タスマニア、ニュージーランド…
これらに住んでいた原住民族たちが大量に死んだ疫病とは、一体なんだったのでしょうか?
非常に気になります。

また、完全な健康体と高い免疫力を持つ伝統集団というのが、原住民族に共通してみられる特徴とされていたのなら、それほどに高い免疫力を持つ集団でさえ大量に死ぬのだから、人は免疫力だけでどんな感染症も克服できるというわけではなさそうです。

いずれにせよ、北米大陸に入植したイギリス人たちは、元々住んでいたネイティブ・アメリカンたちがどんどん死んでいき、結果的に「主なき土地」となったのをみて、「神が私たちのために土地を用意してくれた。私たちは神から選ばれた存在なのだ。」と考えたのでした。
これが、マニフェスト・デスティニーです。

どうもこのあたりの話は胡散臭さ全開で、到底信じられません。
でも、色んな文献に判を押したようにそう書かれているのを見ると、歴史というものは勝者のために作られるものだという事を感じざるを得ません。
いずれにしても、シュバルツバルトの森の奥に住んでいた蛮族が、ローマ帝国を滅ぼし、ヨーロッパを手に入れてからの世界史は、恐怖と悲劇の歴史となって今に続くのですね。









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