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2013.2.4投稿記事①

東洋思想~仏教のルーツ

日本には仏教徒の方が多いでしょうから、一神教であるユダヤ教よりも仏教のルーツの方が興味深いかもしれません。
僕も熱心な仏教徒ですから、お正月にはきちんと初詣に行ったり、厄払いも受けてきました…って、それは神道かい!?

まあ、多くの日本人も似たようなものでしょうから、仏教がどうして興ったかを知ってみるのもなかなかオツなものです。

さて、仏教は今から約2500年前にインドで興りました。
開祖であるゴータマ・シッダールタは、シャカ族のプリンスでありましたが、現世の不条理さに絶望し、悟りを得るために出家しました。
きっと、うつだったのかもしれませんね。
シャカ族の王の息子という立場は、さぞかしヒマだったのでしょう。
人間ヒマになると、ろくなことを考えないものですから。

ゴータマ・シッダールタと書くのは面倒くさいので、これからは彼のことをブッダと呼びます。

ブッダが出家した理由、悟りを開くに至った経緯を理解する前に、当時のインドがどういうところだったのかを理解する必要があります。
インドはガンジス川沿いに興り、発展したガンジス文明から成った国です。
インダス川沿いのインダス文明というのもありますが、こっちは今回は割愛します。

ガンジス川沿いの土地は肥沃で、人々が定着して暮らすようになりました。
土地が肥沃なほど、そこで賄える人口も増えます。
そうして文明が出来、国が豊かになれば、それを狙って周囲から異民族(蛮族)が侵入してくるというのはどこの土地でも同じです。
インドでは色々あって、アーリア人が侵入し、支配階級となって国を作っていました。

循環型社会では土地から奪った作物の分だけ、栄養素を土地に戻す必要があること、その土地で賄える人口には上限があること、自然の摂理に従った生き方でしか人は生きていけないこと、などを以前書きましたね、覚えていらっしゃいますか?
そうした環境が、アミニズム的自然崇拝の宗教概念を生むことは、インドでも例外ではありませんでした。
そこに、アーリア人の支配が加わって、古代インド宗教(通称バラモン教)というのが出来上がりました。

バラモン教は今ではヒンドゥー教と呼ばれていますが、ヒンドゥーとはインドのことで、これすなわちインド教なわけなんですね。
道理で日本人でヒンドゥー教に改宗する人がほとんどいないわけだ。

アミニズム的自然崇拝では、人は大地から恵みを受け、その恵みで人や家畜を養い、人自身も死んだら大地に返り、大地が作物を育て…
という、自然循環の世界に生きていて、自然の摂理から逃れることができません。
ここから人の命は続くもの、死んだらまた別のものに生まれ変わり…という思想が生まれます。
これを輪廻といいます。
始まりも無ければ終わりも無い、輪廻はずっと続いていくものとされました。
この発想が、西洋の宗教思想と根本的に違うところです。

この輪廻の発想のを根本にして、それに支配階層であるアーリア人が自分たちの支配の正当性を盛り込んだのがバラモン教というわけです。
人は良い行いをすると、位の高い生き物に生まれ変わることができ、悪い行いをすると、位の低い生き物に生まれ変わるという発想です。
だから、支配階層であるアーリア人は、前世の行いが良いから生まれつき位の高い階層に生まれてきたのであり、奴隷は前世の行いが悪いから(これをカルマという)、生まれつき奴隷なのだという発想になりました。
このため、バラモン教は階級社会を支持する宗教であり、最上位がバラモン(僧侶)、次にクシャトリア(貴族)、バイシャ(商人)、シュードラ(奴隷)となります。
実際にはさらに細かい身分が分かれていて、それは生まれた家に固定の身分とされています。
人はそれぞれの身分で分相応の良い行い(善行)を積んで、来世にさらに良い階層に生まれるよう精進すべき、というのがバラモン教の考え方です。

身分制度自体は決して珍しいものではなく、当時は世界に共通の概念でしたし、チンパンジーやゴリラ、ライオンでさえも階級社会であることを考えると、バラモン教がことさらに特殊だったわけではありません。

ブッダは出家して(当然バラモン教の僧侶として)、修業を積みました。
当時のバラモン教の修業とは、苦行であり、苦行の目的は食欲の克服にありました。
どういう事かというと、国が平和で文明が栄えると、人口は増大し、食糧生産能力を超えるほど人口が増えると政情が不安定になり争いが起こるからです。
だからこそ、バラモン教の僧侶たちは食欲をコントロールすることで、食糧の奪い合いによる争いを避けようとしたのです。
食欲が人の争いを生むのだから、食欲をコントロールすることができれば争いが無くなる、という理屈でバラモン教の僧侶は苦行にいそしんでいたのでした。
うそ~、そんなこと習わなかったよ、というあなた、だから教えてあげているんです。
僕って、良い奴でしょう?

ブッダは厳しい修行(1週間に1度しか食事をとらないという苦行)を行っていました。
そして、菩提樹の木の下で空腹を克服しようと瞑想に耽っているうちに、倒れてしまいました。
そこに現れた地元の娘、スジャータ(コーヒーのスジャータの語源ですよ!)が、ヤギのミルクをブッダに差し出します。
それを飲んだブッダは悟りを開きました!

「ああ、人間は人間でいる限り、永遠に食欲を克服できない。克服できたときは死んだ時だ!」

…なんて当たり前のことを、って突っ込んじゃあいけません。
彼は彼なりに真剣に悟ったんですから。

そしてブッダは考えました。
人間は死ぬ苦しみ、病気の苦しみ、老いる苦しみ、そしてそれらがやがて訪れるという事を想像すると、生きていることさえ苦しいものだ。
そして、死んだらそこから逃れられるのかといえば、輪廻があるから、また何かに生まれ変わって同じ苦しみを受ける、というのが永遠に続くことこそが本当の恐怖であり、苦しみだ。
であるのなら、この苦しみから逃れるためには、自分という存在が肉体も霊魂も、完全に消滅しなければならない、すなわち、解脱しなくてはならない、と。

ここまで読んだ方、仏教には崇拝する神がいるんじゃないかって思いませんでした?
そうです、ブッダのオリジナルの考えでは、神など存在しません。
輪廻とカルマから逃れる術を悟ったに過ぎないのです。

さて、ちょうど時を同じくするころに、ジャイナ教という宗教も興りました。
こっちもバラモン教の修業から興ったことは、仏教と同じです。
ただし、ジャイナ教はバラモン教の僧が、修業を真面目にやらないことにいら立って起こした宗教です。
ジャイナ教では殺生こそが最大のカルマである、と考えました。
だから、より殺生をしない生き方をすることで、来世に徳の高い身分に生まれ変われることができると考えました。
自分の食欲のために生き物を殺すことをカルマと捉える生き方が、菜食主義を生みました。
そう、菜食主義とは完全に宗教上の理由で考えられたものだったのです。

でも、そんなに殺生をしないことにこだわったら、食べるもの無くなって餓死するんじゃない?って思いますよね。
そうなんです、ジャイナ教の最高の死に方は、餓死なんです。
ジャイナ教徒は餓死するために頑張って修行するのです。
そりゃあ、広まらないわな。

この東洋思想が理解できたなら、菜食主義の考え方も理解できるでしょう。

僕は解脱を目指しているかだって?
いえ、僕は解脱しない程度に徳を積んで、来世はもっとイケメンでお金持ちに生まれて美女に囲まれてウハウハしたいですね。
まあ、輪廻があるかどうか、それすら分かりませんが。









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